説明しよう! ~帰国まで~

せっかくカナダの永住権取ったのに、
なぜ未だ日本にだらだらと滞在しているのかを!

はあ。

ことの発端は、2013年4月12日に受け取った一通のメールであった。

翌日の4月13日は陸路でアメリカの国境まで行く予定になっていた。

YOUはなにしに国境まで?

移民手続き完了させるためだよ!

CPR (Confirmation of Permanent Residence)=あなたの移民認めるよレター
を持って、カナダ国外に一度出て再入国することで正式に移民になれるのだ。

日本に一時帰国して、再入国時に空港のイミグレで手続きを完了させる
こともできたんだけど、 Work permit 延長申請中の宙ぶらりんなステータス
だから健康保険も切れてる&日本に帰るのは数ヵ月先ということもあり、
陸路での国境越えを目論んだのだ。

それに何より待ち焦がれた永住権、早く手にしたいに決まってる。

お友達に頼み込んでドライバーを引き受けて貰った(その節は多謝!)。
ビジタービザで滞在中のMみちゃんが、ワーホリビザに切り替えたいと
言っていたことを思い出し、Mみちゃんも乗せてって貰うことに。

午後までに終わらせようということで、出発は早朝になり、
前日から2人して泊まらせて貰うことになった。

友人夫婦と3人のかわいいお子さんに囲まれ、楽しい時間をすごしていた。
ごはんもおいしい。しあわせ。

そこに届いた一通のメール。

「話がある。電話して」

なっちゃん(母)である。

CPR が届いたのは4月4日だったんだけど、母には永住権取れたことを
まだ伝えてなかった。彼女は私に帰ってきて欲しいので、彼女にとって
それはあまり良いニュースとは言えないから報告を先延ばしにしてて。
ボーダー(国境)で正式に手続き完了させてから言おうと思ってたのだ。。

嫌な予感しかしない。

皆さんから離れて、スカイプで電話をかける。

「あのさ、事故してや」

「え? いつ? 何で? 身体大丈夫なん?」

「4月8日。左手首骨折と右鎖骨骨折」

「えぇ……」

落ち着いて詳細を聞く。

なっちゃんが原付で相手が一時停止線無視の車、
信号のない交差点での出会いがしら事故だったらしい。

「なんでもっと早よ言わんのよ」

「だって電話持つのも痛いんやもん……」

悲壮な声を出してるなっちゃんに永住権取れたよと伝えられるはずもなく。。
相手の保険会社から休業補償は出るが、入金されるのは来月とのことで
手持ちがないっていうので、いくらか送金すると伝えて電話を切る。

なっちゃん60歳、貯蓄ゼロどころか、私に隠してる借金がまだある。

がんばれこの世じゃ悪魔が正義 真っ暗暗黒ゾーーーン……

一気に落ちた気持ちを立て直し、友達のところへ戻る。

はあ。

* * *

一夜明け、まだ雪が残る道をひたすら南下。
目指すはボーダー。

いいお天気。

陸路のボーダー入口は高速の料金所みたいになってて。
順番が来たのでドライバーのお友達が入管の人に挨拶したら

「パスポート」

と高圧的に言われ、出したら

「全員の分だよ(チッ)」

待ってる間に用意しとけよと言わんばかりの顔。
陸路のボーダーなんて始めてやのに、知らんがな!
それやったら入口の手前の並んで待つところに
看板でも出して準備しとくよう仕向けろよ!

アメリカ側で重苦しい雰囲気の中、アメリカに
入国するでもないのに散々待たされて
戻ってきた時のカナダ側のウェルカム感ったら!

「Congratulation!!」

と言われ、移民手続きが完了した瞬間の感動は忘れません。
この時ばかりはすべてを忘れ破顔しましたね。

これでもうビザの期限を心配せずに済む!

ひゃっほーお待たせしました! と友達のもとへ戻ったら
意外にもMみちゃんのワーホリ切り替えのほうが時間かかってた。

入管の人が一生懸命ネットでワーホリについて調べてた。

そこから?!

と思ったけど、アメリカにはワーホリ制度ないし、
陸路でワーホリ入りする人なんて、まあ普通はいないからな。

数十分後、Mみちゃんも無事ビザを発行してもらい、帰路に着く。
家まで送っていただいた。

ほんとありがとう!

さて、これからだ。

PR(永住者)カード貰ってから帰りたい(再入国でモメたくない)し、
6月末までは語学学校があったので一時帰国は7月に決定。

そしてなんだかんだあって、2013/7/31 日本帰国。

つづく

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